2024年にとんかつ栄ちゃんで食べた限定とんかつを振り返る

いろいろあった中でもとんかつ栄ちゃんでとんかつを食べる習慣を続けた。
そんな2024年に2つのブランドの豚がとんかつ栄ちゃんにデビューした。
  • 十和田ガーリックポーク
  • 吉備高原豚BLACK
十和田ガーリックポークは、過去に登場した豚に関係する生産者さんが育てる豚ということで、親しみがある。
調理する前の肉は写真に映え、多くの人が食べやすいと思うような、いつでも食べたい豚肉だ。

吉備高原豚BLACKはマスターが発掘に成功したお宝だ。
口の中で暴れまくる肉の旨みは豚の枠を超えた。
日の目を見るべき豚と一番に感じていたマスターはテレビに出演したときにこの豚を選んだ

新しく登場する豚が多いほど新たな出会いが増えるからうれしいが、前から登場する豚はどうか?
同じブランド豚でも個体差があるので、毎回が新たな出会いのようでうれしい
ここで夏における豚肉の質について触れる。
近年の夏は酷暑が通常となった。
とんかつ栄ちゃんに登場するとんかつの豚は酷暑の影響を微塵も感じさせないすばらしい質のものばかりだ。
マスターが地域を選択していることもあるが、すばらしい豚を育てる方々に頭が下がる。
酷暑で私がバテれば豚からしっかりしろ!と喝を入れられてもしかたがないw

数年前からマスターはとんかつに付く野菜フライの野菜に腐心している。
とんかつと中心とする食事の満足度の向上もうれしいにつながる。

とんかつ栄ちゃんで食べるということは、食べて旨い/うまいと感じるだけでなく、食に関する知見が広がる。
旨い/うまいの理由となるストーリーがあり、それらが感動へと昇華する。
その感動うれしいがとんかつ栄ちゃんにあるのだ。

これからも感動に値するすばらしい豚と野菜の登場を期待する。
そして私もそれらを愛したい。

ついでに私の妄想を書いておきたい。
とんかつは庶民の食べ物を代表する1つだろう。
しかし、とんかつ栄ちゃんでそれ故のジレンマが見え隠れする。

ファストフードだった江戸前寿司は様々なスタイルとなって現在に至る。
スタイルの違いは回転の有無という明確な線引きにより、それぞれが受け入れてきた感がある。
もちろん現在において線引きとしての回転は当てはまらず、機械による効率化が妥当だろう。

とんかつはどうか?
明確な線引きがないために一緒くたにされている気がする。
本来食べるということは生きる根源で、それを担う飲食業は尊いはずだが、身近すぎて軽く見る人もいる。
価格は理由があるからその価格がつけられているが、価格帯にふさわしい人の格があると思うときがある。
消費者の立場なら安ければ安いほど喜ばしいことだが、価格を追うだけの人にその理由やストーリーの理解は難しい。
しかし私はこれらの方々の存在や考え方を否定できない。
所詮は好き嫌いの範疇だからだ。

私が思う一般論として、飲食業においてプロ(プロフェッショナル)を定義するとき、飲食業の基本客から金を取って飲食物を提供するは最も緩い定義だろう。
ほとんどの飲食業は接客業に含まれるが、真っ当な客を不快にさせることはプロである以前に接客業として失格であるw
しかし、プロといえども人だ。
人は心を持つが、特に芸術肌の人にとって心は重要だ。
私が定義するプロに心を整えられることを求める。
仕事は心が健全であることを前提とするからだ。
批判はときに創作の意欲を失わせるほど心に影響するが、私は敢えて言う。
批判さえも受ける… プロレスの受けの美学はこれも含む、と私は見つけた。

豚もおだてりゃ木に登るという言葉がある。
私はこの意味を全面的に前向きで捉える。
すばらしい成果をあげられるなら私は喜んでおだてられてやるw
自分自身をおだてる… 自分で心を整える1つだが、己を律することは容易でない。

これに基づくと、私は女将さんの役割が重要と考える。
もちろん女将さんはチームとんかつ栄ちゃんの一員として重要だが、マスターが最高のパフォーマンスを発揮できるなら、マスターをおだてて木の10本や20本を登らせていただきたいw

とんかつ栄ちゃんは来年に35周年を迎える。
紆余曲折があってもここまで来たということはやり方が間違っていない証だ。
夏の酷暑やブタ熱が気になるが、未来は明るいと信じたい。
そのためにも、チームとんかつ栄ちゃんと豚に携わるすべての人とものに感謝だ。
2024/12/30 07:21
タグ